江の島への近道 湘南モノレール株式会社

「湘南町屋・湘南深沢」編

nishimura_name_02_01.jpg
湘南モノレール・湘南深沢駅

湘南モノレールの駅名に使われている地名のルーツをたどる旅。今回は、湘南町屋、湘南深沢のふたつの駅について考えてみたい。

湘南町屋

町屋も深沢も、東京に同じ地名が存在している。そのためか「湘南」の地名を冠している。湘南にかんしてはいずれ、別の回でふれることとして、今回は町屋、深沢についてみていく。

まずは町屋である。町屋とはいったいどんなところだろうか。

湘南町屋の駅は、小高い丘の上に駅がある。その丘から柏尾川の方に向かって下り坂を降りていくと、右手に三菱電機の大きな工場がある。

nishimura_name_02_02.jpg
湘南町屋駅そばの坂を下る

nishimura_name_02_03.jpg
三菱電機の工場

白い色がまぶしい工場だが、今日は休日の昼間なので、ひっそりとしている。

湘南モノレールは、もともと三菱重工業、三菱商事、三菱電機などが出資して作ったモノレールであることを思い出す。いまでも、三菱電機の工場に出勤する人たちは、湘南モノレールを使うのだろう。

nishimura_name_02_04.jpg
湘南町屋駅から、細長い丘が柏尾川の方に向かって伸びる

ここで、地形図を見てみる。工場の南側、湘南町屋駅のある丘から、柏尾川の方に向かって丘が細長く伸びており、その先に上町屋の集落があることがわかる。

実際に、このあたりを歩くと、工場の周辺には、アパートや団地といった比較的新し目の建物が目立つが、上町屋の集落には、瓦屋根のりっぱな「屋敷」といった風の建物が建っている。

nishimura_name_02_05.jpg
瓦屋根のりっぱな屋敷が多い

丘のいちばん先には、泉光院という真言宗大覚寺派の寺院がある。

nishimura_name_02_06.jpg
泉光院

上記の地形図をみてもその存在がよくわかるが、この寺の後背地には、小山のようになっている墓地がある。上まで登ると、周辺がよく見渡せる。

nishimura_name_02_07.jpg
湘南モノレールの湘南町屋駅方面をみる

手前の瓦屋根の古い建物と、新し目の建物のコントラストがおもしろい。

上町屋の町は、小高い丘の周辺部に、古くからの集落が発達しており、平地となっている部分に、工場など巨大な施設と比較的新しい家屋が立ち並んでいることがわかった。

古くから栄えた集落、町屋

町屋の歴史をひもといてみたい。『鎌倉の地名由来辞典』(東京堂出版)をもとに「町屋」という地名の変遷をまとめてみる。

●正保元年(1644年)『正保国絵図』に「町屋村」。
●元禄十年(1699年)『元禄内国改定図』に「上町屋村」。
●明治二十二年(1885年)町村制施行により、梶原、寺分、山崎、手広、笛田、常盤と上町屋の七ヶ村が合併し、深沢村が誕生。その大字となる。
●昭和二十三年(1948年)鎌倉市と深沢村が合併のさい、深沢村から離脱し「上町屋」となって鎌倉市の大字となる。

この経緯をみると、江戸時代に「町屋」という地名が登場するようだ。

天保国絵図を見てみると「上町谷村」と記されている。屋が谷となっているが、これは表記ゆれのひとつだろう。

nishimura_name_02_08.jpg
『天保国絵図』江戸時代1838年の地図

「町谷村」との表記は、泉光院にあった石碑にもそのように書いてあった。

nishimura_name_02_09.jpg
「上町谷」表記の石碑

『鎌倉の地名由来辞典』(東京堂出版)によると「町は市場、商工業関係者の居住地、屋は集落を意味するか」「柏尾川の水運と、鎌倉道の交わる部分に町屋が軒を連ねていたことによる」とある。

地名の語源と由来は、おそらくこれで間違いはないだろう。

ここで「町」という漢字について考えてみたい。漢和辞典で「町」を引くと、まず最初に「田んぼのあぜ道」の意味であると出てくる。市街の意味は、その次ぐらいである。
町を市街の意味で使うのは日本だけである。中国語では、市街の意味で「町」は使わない。例外的に、日本が植民地支配していた台湾の台北には西門町という日本風の地名がかろうじて残っているが、それぐらいである。
つまり「町」が地名自体につく場合は、田んぼのあぜ道が見えるような場所。という意味がある可能性も考慮すべきである。

ここで、昔の上町屋の地図をみてみたい。

nishimura_name_02_10.jpg
地名通りの風景

上町屋の集落の回りを見てほしい。田んぼと何も書かれていないだだっ広い土地が広がっている。この何も書かれていない場所はおそらく湿地だったのではないか。前回、大船の回でも少し触れたが、その昔、このあたりは本当になにもない湿地が広がっていたのだ。

田んぼのあぜ道のなかにある家屋。つまり町屋である。町屋は本当にそのとおり見たままの地名ではないだろうか。

荒川区の町屋の昔の様子を見てみると、まさにここも田んぼの中に集落があることがわかる。

nishimura_name_02_11.jpg
田んぼの中にある町屋

さて、町屋についてはわかったが「上」とはなんなのか。周辺に下町屋はない。『鎌倉の地名由来辞典』(東京堂出版)には「"上"を冠した理由は不詳」とある。

歴史的な経緯としては、もともと「町屋」と呼ばれていたところに、あとから「上町屋」となったわけなので、昔、下町屋と上町屋があり、上町屋だけ残った。というわけでもない。

位置関係を指し示す言葉として上や下を使う場合、基準となる場所があり、そこから見て、近い方を上、遠い方を下ということが多い。下総、上総や、下野、上野というのは、都(京都)から見て近いほうが上、遠いほうが下、ということになる。

上町屋の場合、鎌倉、もしくは江戸から見て近い方に上......とつけた可能性があるが、下にあたる地名が無いため、わからない。

何れにせよ上町屋に「上がついた理由」は、やはり不詳とせざるをえない。

湘南深沢

さて、もう一つの駅名、深沢について考察してみたい。

現在、湘南深沢駅の周辺に、深沢という地名はない。学校名などには残っているものの、寺分や梶原、常盤といった地名に置き換わっている。

先ほど、上町屋成立の経緯で少し出てきたが、深沢というのは、梶原、寺分、山崎、手広、笛田、常盤、上町屋の七ヶ村を含む広域の地名である。

nishimura_name_02_12.jpg
「深沢」という住所はない

この深沢が村の地名として文献に登場するのは、鎌倉時代である。『吾妻鏡』に養和元年(1181年)9月16日「不被入鎌倉中、直経深沢、可向腰越」とあり、これが初出といわれている。
これは、「主君である足利俊綱を裏切り、その首を持参してきたので、その恩賞として源頼朝の御家人に加えてほしい」と申し出てきた桐生六郎という武将に対し、頼朝は鎌倉に入ることを許さず「深沢を経由して、腰越に向かえ」と指示しているくだりである。これから、この頃は深沢、腰越あたりは、鎌倉の外側だと認識されていたことが分かる。
ちなみに頼朝は「主君を裏切るようなやつは、信用できない」として、梶原景時に命じ、桐生六郎の首をはね、俊綱共々さらし首にしてしまっている。

nishimura_name_02_13.jpg
湘南深沢駅周辺の「梶原」は梶原景時などを輩出した梶原一族の本拠地である

「深沢」という地名は、この頃より、一貫して広域の地域名として使われた地名だ。戦国期には「深沢郷」、または「深沢里」「深沢村」などと呼ばれ、明治時代に深沢村が成立するものの、鎌倉市との合併で、住所の地名としては消えた。

この深沢、文献への初出が鎌倉時代ではあるものの、おそらくそれ以前より使われていた地名であることは確かだ。

深沢の地名の由来は「奥行きの深い、湿地帯にちなむもの」(『鎌倉の地名由来辞典』東京堂出版)と考えて差し支えないだろう。

『江島縁起』という江の島にある江島神社の沿革を記した縁起書がある。これによると『いにしへ武蔵相模の境に、鎌倉海月の間に長湖あり。 その廻れること四十余里、これを深沢といふ』とある。

鎌倉から海月(横浜・久良岐、上大岡あたり)まで長い湖があり、その周辺を深沢と呼んだ。ということである。

江島縁起が書かれたのは永承二年(1047年)平安時代である。そのころで「いにしへ」というわけなので、深沢あたりが湖であったのは、さらに昔の話だろう。

この湖に関しては五頭龍伝説など、興味深い話もあるのだが、これはいずれまた別の回で触れることにしたい。

LINE
Twitter
facebook
google+
hatenablog
西村まさゆき(駅名編)ポートレート
西村まさゆき(駅名編)
ライター。鳥取県倉吉市出身、東京都中央区在住。めずらしいのりものに乗ったり、地図で見た気になる場所に行ったり、辞書を集めたりしています。著作『ファミマ入店音の正式なタイトルは大盛況に決まりました』(笠倉出版社)ほか。移動好き。好物は海藻。
Twitter:https://twitter.com/tokyo26
著者のご紹介
mr.ブラーン
森川天喜(鎌倉殿と十三人の御家人)ポートレート
「鎌倉殿と十三人の御家人」のゆかりの地を歩く
森川天喜(鎌倉殿と十三人の御家人)
フリージャーナリスト
佐藤淳一ポートレート
乗らずにいられない、懸垂式モノレールの魅力
佐藤淳一
ドボク+動物のかけもち写真家
宮田珠己ポートレート
湘南モノレールはどのぐらいジェットコースターなのか
宮田珠己
旅とジェットコースターと変なカタチの海の生きものを愛するエッセイスト
宮田珠己(続編)ポートレート
5つの面白レールを1日で。ゆかいなのりもの大冒険!
宮田珠己(続編)
旅とジェットコースターと変なカタチの海の生きものを愛するエッセイスト
村田あやこポートレート
路上に潜む異世界を求めて ー湘南モノレール沿線 路上園芸探索ー
村田あやこ
散歩と植物好きの会社員
村田あやこ(続編)ポートレート
湘南モノレールから歩いていける森巡り
村田あやこ(続編)
散歩と植物好きの会社員
村田あやこ(変形菌編)ポートレート
ルーペの向こうのちいさな世界
村田あやこ(変形菌編)
散歩と植物好きの会社員
村田あやこ(大船系植物編)ポートレート
「大船系」植物と玉縄桜~知っていますか?大船生まれの植物たち~
村田あやこ(大船系植物編)
太田和彦ポートレート
大船で飲む
太田和彦
作家。旅と酒をこよなく愛する
八馬智ポートレート
土木構造物としての湘南モノレール鑑賞術
八馬智
ドボクの風景を偏愛する都市鑑賞者
西村まさゆきポートレート
湘南モノレールの昔と今を比べてみる
西村まさゆき
めずらしいのりものに乗るのが好きなライター。
西村まさゆき(続編)ポートレート
開業当時の古写真の場所はいったいどこか探す旅
西村まさゆき(続編)
めずらしいのりものに乗るのが好きなライター。
西村まさゆき(車両基地編)ポートレート
大人のモノレール車両基地見学記
西村まさゆき(車両基地編)
めずらしいのりものに乗るのが好きなライター。
大船ヨイマチ新聞ポートレート
よい街 オーフナ
大船ヨイマチ新聞
大船のフリーペーパー。昼は「良い街」夜は「酔い街」。
皆川典久ポートレート
地形マニアと鉄ちゃんの凸凹乗車体験記〜湘南モノレールに乗って〜
皆川典久
スリバチ状の谷地形を偏愛する地形マニア
皆川典久(続編)ポートレート
湘南モノレールに乗らずに
皆川典久(続編)
スリバチ状の谷地形を偏愛する地形マニア
能町みね子ポートレート
ほじくり湘南モノレール
能町みね子
肩書きに迷いつづけ、自称「自称漫画家」。散歩好き。
ドンツキ協会ポートレート
ドンツキクエスト in 湘南モノレール
ドンツキ協会
ドンツキ協会は東京の路地の町、向島を拠点に、袋小路『ドンツキ』の研究に取り組む団体。
大谷道子ポートレート
湘南モノレール運転士インタビュー 「運転する人どんな人」
大谷道子
ライター・編集者。
井上マサキポートレート
湘南モノレールの「まっすぐ路線図」を鑑賞する
井上マサキ
路線図を鑑賞するライター
井上マサキ(ぶら喜利)ポートレート
ぶら喜利
井上マサキ(ぶら喜利)
路線図を鑑賞するライター
鈴木章夫ポートレート
湘南モノレールバー人図鑑
鈴木章夫
誰かをちょっとだけびっくりさせるのが幸せ。かまくら駅前蔵書室(カマゾウ)室長
二藤部知哉ポートレート
ソラdeブラーンdeラーン
二藤部知哉
沿線在住のんびりブラーンランナー
いのうえのぞみポートレート
湘南フォトレール カメラを持って湘南モノレールに乗ろう!
いのうえのぞみ
モデル・タレントで世界一周を目指すカメラマン
大村祐里子ポートレート
フィルムdeブラーン
大村祐里子
フィルムカメラをこよなく愛する写真家
川口葉子ポートレート
モノレールdeカフェ散歩
川口葉子
都市散歩と喫茶時間を愛するライター、喫茶写真家。
松澤茂信ポートレート
湘南別視点ガイド
松澤茂信
東京別視点ガイド編集長。珍スポットとマニアのマニア。
川内有緒ポートレート
湘南トライアングルをめぐる旅
川内有緒
ノンフィクション作家
田中栄治ポートレート
MonoTube
田中栄治
地上と空のスピード感を追い求めている素人カメラマン
三土たつおポートレート
本物の車内アナウンスが楽しすぎた。
三土たつお
路上のなんでもないものの名前と特徴が知りたいライター
三土たつお(続編)ポートレート
湘南モノレール風景図鑑
三土たつお(続編)
路上のなんでもないものの名前と特徴が知りたいライター
杉浦貴美子ポートレート
食べる!湘南モノレール -湘南「地形菓子」制作奮闘記-
杉浦貴美子
地図・地形好きライター
今泉慎一ポートレート
〝もののふ隊〟駅前砦にあらわる
今泉慎一
旅・歴史・サブカル好き編集者兼ライター
ワクサカソウヘイポートレート
車窓の冒険
ワクサカソウヘイ
文筆業。主にルポとかコントがフィールド。
ワクサカソウヘイ(夜編)ポートレート
夜になると 湘南モノレールは
ワクサカソウヘイ(夜編)
文筆業。主にルポとかコントがフィールド。
半田カメラポートレート
大船観音の劇的楽しみ方
半田カメラ
大仏写真家
遠藤真人ポートレート
ジェットにGO!GO!!
遠藤真人
モノレールに敬礼!鉄道写真バンザイ!
石川祐基ポートレート
湘南モノレール「もじ鉄」旅
石川祐基
グラフィックデザイナー。鉄道と文字が好きな、もじ鉄。
大竹聡ポートレート
腰越で飲む
大竹聡
酒と酒場をこよなく愛するフリーライター
荻窪圭ポートレート
道標をきっかけに江の島まで古道を辿る
荻窪圭
老舗のデジタル系ライター。古道・古地図愛好家。
松本泰生ポートレート
湘南モノレールが見える階段を探して
松本泰生
階段研究家
大山顕ポートレート
湘南モノレールに乗って体長2kmのヤギを描く
大山顕
ドボクフォトグラファー
田代博ポートレート
湘南モノレールと富士山
田代博
富士山遠望鑑定士。ダイヤモンド富士ハンター。
北尾トロポートレート
町中華タウン大船をゆく
北尾トロ
町中華探検隊隊長
喜清みずほポートレート
失われた 記憶をたどる まぼろしの遊園地「江の島龍口園(えのしまりゅうこうえん)」
喜清みずほ
鎌倉観光ボランティアガイド
宮田珠己(龍口寺編)ポートレート
龍口寺の龍と、謎の仏像
宮田珠己(龍口寺編)
旅とジェットコースターと変なカタチの海の生きものを愛するエッセイスト
加門七海ポートレート
江の島怪談闇歩き
加門七海
作家
中野純ポートレート
江の島怪談闇歩き
中野純
負の走光性がある、闇歩きガイド
髙山英男ポートレート
暗渠deブラーン ~暗渠マニアが味わう湘南モノレール沿線
髙山英男
中級暗渠ハンター(自称)。
吉村生ポートレート
暗渠deブラーン ~暗渠マニアが味わう湘南モノレール沿線
吉村生
暗渠マニアックス
宮田珠己(空の駅編)ポートレート
湘南江の島駅は、日本一高い駅だった!?〜日本一、地上高が高い駅はどこか?
宮田珠己(空の駅編)
旅とジェットコースターと変なカタチの海の生きものを愛するエッセイスト
西村まさゆき(駅名編)ポートレート
湘南モノレール「駅名」ルーツをたどる旅
西村まさゆき(駅名編)
石山蓮華ポートレート
いい線いってる夜
石山蓮華
電線愛好家
中島由佳ポートレート
いい線いってる夜
中島由佳
ゴムホースマニア
加賀谷奏子ポートレート
いい線いってる夜
加賀谷奏子
サンポー編集部ポートレート
しょもたんの完全一致を探す散歩
サンポー編集部
散歩の横好き集団
中野純(鎌倉大横断編)ポートレート
鎌倉大横断ミッドナイトハイク
中野純(鎌倉大横断編)
負の走光性がある、闇歩きガイド
森川天喜ポートレート
湘南モノレール全線開通までの全記録
森川天喜
フリージャーナリスト
しょもたんポートレート
モノレールの運転士さんや駅員さんの話をきいてみよう!
しょもたん
湘南モノレールのマスコットキャラクター。
森川天喜(今昔写真撮影隊)ポートレート
湘南モノレール沿線 今昔写真撮影隊!
森川天喜(今昔写真撮影隊)
フリージャーナリスト
モノ喜利(井上マサキ)ポートレート
モノ喜利
モノ喜利(井上マサキ)
めざせ!最優秀ブラーン賞
ヴッパータール空中鉄道座談会ポートレート
ヴッパータール空中鉄道について思いっきり語る
ヴッパータール空中鉄道座談会
ヴッパータール空中鉄道に乗車した人たち
モノ散歩ポートレート
モノ散歩
モノ散歩
沿線の魅力が集結!
4コマ劇場 Mr.ブラーンの休日(宮田珠己)ポートレート
4コマ劇場 Mr.ブラーンの休日
4コマ劇場 Mr.ブラーンの休日(宮田珠己)