江の島への近道 湘南モノレール株式会社

湘南モノレールに乗って体長2kmのヤギを描く(1)

■鎌倉の巨大ヤギ

鎌倉に体長2kmのヤギが生息しているのをご存じだろうか。下の写真がそれだ。

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湘南の海岸にすっくと立ち、こちらを振り向いている。

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もっと引いて見ると、こんな。足の先には江の島。

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三浦半島の大きさと比べるとこんなだ。おそらく世界最大のヤギだろう。

「生息している」などと言ったが、ご覧の通り、絵だ。これは「GPS地上絵」というもの。あらかじめ、動物の形になるようにコースを地図に描いておき、その通りに歩くことで巨大な絵を描く、という遊びだ。ここ十年ぐらい、ぼくはこれに夢中である。ネットで検索すると、世界中で同じことをやっている人がちらほらいる。日本での趣味人口は10人ぐらいだろうか。

「描く」と言っても、もちろん現場の地面に線が残るわけではない。データが手元に残るだけだ。苦労して設計して現地を何十キロも歩いても、得られるのはデータだけ。「むなしい」と感じられるかもしれないが、ぼくはこの遊びが気に入っている。

ぼくはこれまで十数匹の動物を描いてきた。ライフワークである。そして現時点での最新作がこの「鎌倉ヤギ」というわけだ。

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描くに当たっては、GPSロガーという移動の軌跡を記録する装置を使う。カーナビに使われている技術で、スマホにも搭載されている。

ぼくが愛用しているのは上の端末。もともとはトレッキングなどアウトドア用のグッズだが、ぼくはもっぱら絵を描くために使っている。

ちなみに、ここ十数年、外出時には常にこれを持ち歩いていて、すべての外出が記録されている。妻と初めて出会った日の記録もある。その後初めてのデート、結婚式場への行き帰り、息子が生まれたときの早朝の移動なども全て見返す地図上で見返すことができる。そしてこの原稿を書いている今日、さっき近所のコンビニへ買い物に行った軌跡も。「人生って移動なんだな」としみじみ思う。

軌跡は動画として見ることもできる。今回のヤギを描いた様子を動かしてみたのが上だ。早送りで再生しているのであっという間だが、実際には3時間30分かかった。たいへんだった。たいへんだったけど楽しかった! というその様子をご覧いただこう、というのがこの記事の趣旨であります。

■20人がかりで描きます

これまでたくさんのGPS地上絵を描いてきたぼくだが、今回の鎌倉ヤギは、いままでにない特徴をいくつか備えている。そのひとつが「一部、モノレールに乗って描く」というものだ。

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(c)OpenStreetMapへの協力者

上の地図に示したように、ヤギの後頭部から背中にかけての優美な曲線は、湘南モノレールの西鎌倉駅から片瀬山駅の一駅区間なのである。前出の動画でも、この部分だけピュッと速く動いているのが分かる。

このセクシーなS字が鎌倉ヤギを特徴付けている。地形と関係なく高速で空を移動するモノレールならではの滑らかさだ。

そしてだいじなのは、ぼくひとりでこの鎌倉ヤギを完成させたのではないということ。なかなかかわいらしいコース設計ができたので、せっかくだから一緒に歩いてくれる人を募集したのだ。季節は春。みんなでそぞろ歩くのも楽しかろう。地図とにらめっこしながらひとりでもくもくと歩くのもそれはそれで楽しいんだけどね。

参加者は上のようにTwitterで募った。文面にあるとおり、本「ソラdeブラーン」でもおなじみのエッセイスト宮田珠己さんも参加だ。ぼくは宮田さんのファンなのでとてもうれしかった。

さてこのマニアックな遊びに付き合ってくれる人はどれぐらい集まるだろうか......とすこしドキドキしながら集合場所である湘南江の島駅5階改札前に向かったところ、そこには20名の物好き、もとい、好奇心にあふれた高潔なる篤学の士たちがいた。ありがたい。ありがとう。

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ちなみに主催者でありながらぼくは集合時間に遅刻してしまった。ごめんなさい。

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それにしても湘南江の島駅、こんなにきれいになっていたとは知らなかった。きけば昨年2018年の12月にリニューアルしたとのこと。テラスもあって集合場所としてうってつけであった。

とはいえじつはヤギ描画のスタート地点はここではない。西鎌倉駅から500mほどの場所なのだ。なので、ここから3駅移動してちょっと歩いたところで開始となる。

じゃあなんで湘南江の島駅に集合したかというと、それは集合場所としてうってつけだったから。

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(c)OpenStreetMapへの協力者

冒頭の完成したヤギの絵を見てもらうと分かるが、脚の付け根あたりがちょうど湘南江の島駅だ。だったらわざわざ西鎌倉駅に移動する必要もないではないか、と思うだろう。どこから描き始めてもいいはずだ。

ところが、上の地図にあるように、じつはヤギの鼻先がちょっとだけ穴が空いている。ここには崖があって道がつながっていなかった箇所なのだ。全コースでここだけが途切れている。なので、ここをスタート/ゴール地点にせざるを得ないというわけ。

そして、この崖に象徴されるように、付近の地形がたいへん豊かであることが、後々ぼくらを苦しめることになる。

■「鎌倉ヤギ」は地形に富んだ場所にいる

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ということで、西鎌倉へ移動。スタート地点へ向かう。この時点ではまだまだみんな笑顔だ。

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ここがスタート地点。ヤギの鼻の先。手前左の青いシャツがぼく。ロガーの記録開始しているところ。写真向かって右に崖があって、その上がゴール地点となる。

ご覧の通りなんてことはないふつうの住宅街だ。ここを特別な場所と感じる人は、ここの住民とぼくらぐらいではないだろうか。

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いよいよ総勢20名によるヤギ描画スタート。鼻先から時計回りに行きます。これからゴールまで約12kmほど歩くことになる。

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さきほども言ったように、この鎌倉ヤギは起伏に富んだ場所に生息している。スタートしょっぱな、ご覧のような坂を登ったり下ったりを繰り返した。高山の崖に暮らすヤギの映像を思い出した。そういう意味ではここに生息しているのもうなずける。

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とはいえ良い陽気の中、知らない街を歩くのは楽しい。ほとんどの皆さんが初対面だったが、和気あいあいと進んだ。

■GPS地上絵は「第3の移動」

GPS地上絵の醍醐味は、ふつうに散歩してたら絶対こんなところ通らないだろう、という道を強制的に行かされるところにある。コースが細い魅力的な路地だったりすると、すごくうれしい。ぼく自身、設計時は地図を見て描いているだけで、現場がどういう場所かまったく分かっていない。

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「お、ここ通るのか。この道は良い雰囲気だねえ」などと言い合いながら進む。設計者のぼくも参加したみなさんと同じように、新鮮な気持ちで街をうろうろするのである。

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通常、人は目的地にたどり着くために移動する。その際に通る道筋は、常に最短距離とは言わずともなんらかの理由があるルートを選ぶ。つまり何らかの「合理性」がある。ぼくらの日常の移動のほとんどは、意識的にしろ無意識にしろそういう「合理性」に従っている。

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例外は散歩だ。だが、散歩にしても「こっちの道がよさそうだ」というように自分の気分で決めているはず。何が言いたいのかというと、GPS地上絵は通常の移動とも散歩とも違う「第3の移動」とでも呼ぶべき不思議なものだ、ということ。

まるでGPSの衛星に操られているかのような心持ち。キャンバスの上を走る筆先はこんな気持ちでいるのだろうか。

「合理的」でない移動がもたらす発見と楽しみ。しかし一方ではがゆいこともある。興味を引くものが見えても、そこがコースでない限り見に行くことができないのだ。次回はその話から始めよう。

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大山顕
ドボクフォトグラファー/ライター、そしてGPS地上絵師。主な著書に『工場萌え』『団地の見究』(共に東京書籍)、『ショッピングモールから考える――ユートピア・バックヤード・未来都市』(東浩紀との共著、幻冬舎新書)、『立体交差/ジャンクション』(本の雑誌社)など。
https://twitter.com/sohsai
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